用語解説コーナー 血が滾舞台用語辞典



演出(えんしゅつ)
2012.06.07 OA


舞台製作の現場で最も重要なポジションの一つである『演出』。
一口で説明するのは難しいですが、辞書には「演劇・映画・テレビなどで、台本を元に、演技・装置・照明・音響などの表現に統一と調和を与える作業(大辞泉)」とあります。つまり製作現場においてあらゆる部門の責任と最終決定権を担う仕事とでも言えばいいでしょうか。辞書には媒体を問わずひとまとめにしてありますが、映画ならば監督、テレビならばディレクターと呼ばれるのが一般的です。監督やディレクターとは別に演出というポジションがある場合もあってややこしいですが、今は舞台に限定して話しましょう。

『演出』という単語は元々フランス語の「metteur en scene(=製作者)」の訳語だそうです。1904年、小山内薫(明治末から昭和初期に活躍した劇作家・演出家・批評家)が、「内的写実主義の一女優」という文献の中で初めて『演出』という言葉を使いました。

演出は舞台芸術の最初からあったのではなく、舞台芸術が成熟するに従って指揮者的な舞台のまとめ役、進行役として生まれてきたもののようです。
日本で演出という仕事が本格的に始まったのは、明治四十年頃の築地小劇場、小山内薫からです。彼らが採用した「独逸流演出法」に倣い、新劇界に広まっていきました。
西洋では、1870年代にドイツのマイニンゲン一座という劇団で座主でもあったゲオルグ二世の演出プランによって公演されたのが始まりのようです。
このように、演出が今のような立ち位置として確立したのは比較的最近の事であり、原初的な舞台芸術には備わっていなかったのです。

  ※演出のような役割を果たすスタッフはギリシャ時代にも存在したようですが、
    今使われるような意味での『演出』になっていったのは近代である、という事です。
    現在、日本演出家協会には630名が所属しています(2011年3月31日現在)。

組織の大小に関わらず、脚本家もしくは俳優が演出家を兼ねる場合は多くあるのですが、これらは本来、別の職能です。「人にどう演技しろと指示できるなら自分で俳優にもなれるのではないか」と言われる事もありますが、素晴らしい指導が出来るからといって表現者として優れているかどうかは別の問題ですから。
俳優、もしくは脚本家が兼ねる場合があるのは、演出家の仕事の中心が「脚本を解釈しそれを表現させる事」だからです。脚本家が兼ねれば解釈もしやすいですし、俳優が兼ねれば自分の俳優技能を使って表現の方法を具体的に指示しやすいという事でしょう。
ただ、演出家はそれだけではありません。当然、舞台製作には照明・音響をはじめとした様々なスタッフを必要としますから、彼らに対しても方向性を与えなければなりません。演出家の仕事は「演技指導」ではなく、関係者全員に対し「明確な指針を示すこと」なのです。

演出をするには、 相手の経験・技量・特技・特性・性格・相性など様々な要素を勘案して指示の出し方を変えるコミュニケーション能力もある程度必要でしょう。もちろん、演劇的知識や発想の引き出しも豊富でなければなりません。全体を見る視野の広さ、それと同時に細部を見るこだわりと繊細さも必須です。少なくとも、関係者の信頼を得られる程度の能力、経験、実績がないと目指す方向へ導くのもままならないのではないでしょうか。

よく「ダメな演出とダメな俳優でいい脚本が面白くなる事はない。ダメな演出とダメな脚本では俳優がよく見える事もない。だがいい演出は、ダメな俳優とダメな脚本を時に面白く変えてしまう」と言われます。『演出』はそれほどに重要な役割であるという事でしょうね。


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